おはようございます。
もう一週間前のことですみません。
いまさら元日の記録です。
震災のあの日のことを少し。
1/1(月)。
元日。
元旦は1月1日の午前中。
読んで字の如くとはよく言ったもので。
元日は1月1日の事です。
そんな元日。
寝れたのか寝れてないのか分からない空気は、
いつもの年越しからの年始ということで。
天気も良いし、
なんて気持ちがいい正月。
まだ一週間前なんて思えない記録。
もう気分的には14日を過ぎています。
お雑煮が元日のご飯。
お雑煮食べたい。
正月のお参り。
天神様、仏壇、神棚、全てちゃんと済ませて。
家族でお正月を祝う。
これが毎年自分が決めてること。
そして砺波の親戚んちで行って、
お正月をお祝い。
これも毎年の事。
ごちそうも用意してもらい、
感謝しかありません。
お正月の挨拶をして。
2024年01月01日16時06分。
スマホから鳴り響く注意報。
すぐに揺れはとまるもただ事ではない。
2024年01月01日16時10分。
スマホが操作が聞かなかったのは偶然なのか。
分かりませんが直観でただ事ではないと感じる。
震度7。
震源から80kmの場所。
何をおおげさな、と思われても気にしない自分は、
揺れ出してすぐに息子を抱えて外に飛び出す。
「早く、早く外に出て」と怒号。
叫び声と共に町中が裸足で外に飛び出す。
終わらない揺れ。
外では音がする電柱、前後に大きく揺れて走り出しそうな車。
そして薄着と恐怖で震える大人、
泣き叫ぶ子供たち。
それは過去に経験したことが無い状態でした。
小刻みに揺れる状況に気が気ではなく。
何度も外に飛び出した後に飛び込んできたのは、
「大津波警報」の紫色の文字。
しかも実家も自分んちもどっちも津波警報。
なんだ?この恐怖映像は…
過去のどんな怖い絵よりも怖い。
不安が異常すぎる。
たった1時間が数日に感じる。
全体が止まらない連絡から、
どうやら震源地から60kmがない実家付近は、
避難するしかなくなったらしい。
テレビで大声で逃げろと叫ばれる。
なぜアナウンサーがそんな事をいうのか、
ここは国がちゃんと言うのではないのか。
そんな細かい事も考えられません。
冷静にあの時に動画を撮るなんてとても無理です。
息子と抱えること、娘を妻に託すること。
限界での行動は自分の意味の気持ちでした。
どれだけ時間が過ぎたかは分かりません。
少しづつ報道が落ち着いてきたころ。
様々な方々から心配の連絡があり心から感謝。
我に返ると、
「明日、初売りじゃないか」と冷静になる。
避難、断水、津波、土砂崩れ、
耳に入る単語が初売りとは乖離が過ぎる…
地元の富山からはそう考えるしかありません。
夜に福井に戻る、としても、
大津波警報が出てる県をまたぐのか。
そこは当たり前ですが反対される、そりゃそうですよね。
聞けば道路はパニック、山は土砂崩れ。
そして北陸道(高速道路的なもの)は全面停止。
海沿いを通るので当たり前。
ここで決めなければいけない。
待つか出るか。
持てる知識と情報からしばらく真剣に考える。
道も全部見てみる。
道路の映像もすべて確認。
山の方からはどうだろう、海抜はどのくらいか。
全部の道をトイレで確認して、
「よし、出発します」と決める。
ダメなら戻る、といういつもの代替案も用意。
長時間になるかもしれない。
5歳と1歳のための食糧、水をもって出発。
帰っても翌日お店を出来ると思っていない。
でも、状況上でのベストはこれだ。
という意思決定、ある種の恐怖からの切断を行って出発。
上手く動かないグーグルマップを微調整しながら。
通りながら恐怖でしかないパトカーの数。
消防車はそこら中にいる。
全車両が赤色灯を全点灯。
道に高さが出てくると、
道沿いにはハザードで止まった車が何十台もいる。
通る道にあるコンビニは全て駐車場に入らないほどの車。
コンビニ内は空いてるのに、
駐車場が異常でしかない。
な、なにが起きてるのか?
と、停まってみたら、
車内には大人数が留まり、テレビやスマホに釘付けでした。
そこで「これは避難なんだ」と理解しました。
石川県では2分に一度くらいはナビがハッキングされて、
「大津波警報地域、移動してください」と連発。
全力で移動してる途中に何度も何度も恐怖に陥る。
元日なのもあってか、
道は想像以上になにもない。
パトカーと消防車だけが異常数。
そのままスムーズに下道2時間ちょっとで、
福井県に入りました。
驚いたのはここからです。
まずパトカーも消防車も急にいません。
すれ違う両車両は赤色灯は無点灯。
ここで福井は状況が違う、と気が付きました。
北陸道はずっと閉鎖中。
車はいつも以上に走っていない、
元日モードそのまま。
家につくと、
色々と落ちていましたが、
あっちでの経験に比べると何も無いに等しいです。
とてもじゃありませんが、
一日で、それも数時間のこととは頭が追いつきません。
何がどうなってるの?みたいな。
実家では朝お参りした場所がすべて倒れて、
避難は続き、水もとまって、ライフラインもままならない。
この差は一体なんなんだ、という違和感が怖い。
自分は両側面を見る事になるんだと、
ここでの理解もやっと追いつきました。
緊急時の思考は偏りが凄いなと反省です。
どうやら初売りは出来そう。
石川県は出来る訳もないのに。
そんな中で本当にやるべきなのか。
と悩み考えるも、
11年間のあの震災時に落ち込んでたどり着いた、
役割はなんだ、やれる人間がやるしかない。
奮起。
そこから翌日のアナウンスを改めて始めました。
自分のメッセージは届いたのかもしれません。
応援と心配の意味もあり、
初売りには沢山の仲間が駆けつけてくれました。
それは翌日の事。
この夜も連絡は止まらず、
本当に沢山の方に心配をしてもらいました。
心を配ってくれたこと、一生忘れません。
気を遣わないように連絡をしない選択も、
自分はしっかり汲んでいます。
心から感謝します。
自分は、福井の方は、
揺れによる割れや故障は多いものも、
皆は無事でした。
幸い、実家はガラスが割れたりの、
時間がかかる被害はそこまでなく、
断水の問題も井戸水で何とかなる、と母親は強い。
しかし、付近ではそんな事はなく、
大きな問題が山積みです。
こんな事があるのか、
という大きな大きな問題が起きました。
というはお墓、墓苑が倒壊してしまったことです。
これは自分もショックでショックで。
お墓というものの大切さに、
やっと去年理解できたと感じた最中の出来事です。
母親が今後と草木のためにお墓の周りを変えよう、
と決めたのも最近でした。
どんな言葉を並べても並べるだけ衝撃です。
まだ今日も処理できていないこと。
偶然、弟が帰ってきていて、
この顛末を確認できました。
まだまだ余震が続くため、
倒れたものを戻すことすら憚れる。
そんな状況です。
この約一週間。
沢山の方と話して、
仲間たちに「力になる」と力強い声をもらいました。
各々が出来ることを。
そんな皆の力が周りにある、というだけで、
自分は強くいれます。
さっそくこんなに厚手のビニールを持って来てくれました。
今度実家に持っていきます。
ありがとう。
県内に無いものを聞いて、
用意したり持っていく事しか出来ません。
これからの寒さと雪、
そして異常数に感じるインフルエンザ。
関連した二次的な事の不安はまだまだこれからです。
まさかこんな年始になろうとは…
と誰もが口をそろえています。
たまたま年始だったから、
という文脈も様々かと思います。
いまの自分たちがするべきことに集中して、
今日も前を向きます。
心配しすぎてそんなに心配しなくて大丈夫。
とかよく言われる自分の悪い癖。
心配も大切と理解しながら、
心を配る形で留めることも大事ですね。
この数日間で考えること、学ぶことが多くて、
戸惑っています。
まだまだ自分はやるべきことが沢山。
共にある、明日はある、と胸に刻み、
命あることの感謝を積み重ねていきます。
そんな元日でした。
皆様のご無事を祈ります。
そんなこんなで。
それではこの辺で。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今日は日曜日。
頑張ります。更新。。。